浦和レッズがACLを制覇した喜びを込めて、ここまでの浦和レッズの歴史の転換点を誰でも簡単にわかるようにまとめてみました。
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【J創世記はお荷物クラブだった浦和レッズ】ー99年
Jリーグ創設メンバーの浦和レッズは当初、浦和レッズはお荷物クラブと言われていました。
Jリーグ開幕から2年連続で最下位を経験し、その後も人気クラブながら特に優勝争いに加わることなくパッとした成績を残せない時期が続きます。
Jリーグ日本人初の得点王【福田正博】
Jリーグで日本人初の得点王になったのは浦和レッズのストライカー福田正博選手でした。
ミスターレッズと呼ばれファンから愛されていいました。
同時期に後に浦和の黄金期の礎を築くブッフバルト氏も浦和でプレーしていました。
小野伸二の出現と世界一悲しいVゴールによるJ2降格
天才と言われた小野伸二が出現した1998年で上位進出を果たしましたが、1999年にまさかのJ2降格の歴史にさらされてしまいます。
J2降格が決定となったときに福田選手が決めたVゴールは、すでにJ2降格が決定していたこともあり、世界一悲しいVゴールと言われ世界でも有名なゴールシーンとなっています。
【J1復帰からの大躍進、ACL初制覇】2000年ー
J2降格から1年でのJ1復帰、そして2004年のJリーグセカンドステージで初のリーグ制覇、2007年のACL初制覇と第一次黄金期を迎えます。
【可変システム導入と人気常勝軍団化】2010年ー
2012年にそれまでサンフレッチェ広島にて可変システムによる革新的な戦術が特徴のミハイロ・ペトロヴィッチ監督が就任すると同時に、多くの選手やコーチをサンフレッチェ広島から加入させたことで「広島化」と非難の声も浴びます。
その後、堀監督の就任によってマンネリ化解消してACL制覇と突き進みます。
サンフレッチェ広島から浦和レッズの選手たち
ペトロヴィッチ体制以後に元サンフレッチェ広島所属の選手やサンフレッチェ広島から移籍してきた主な選手たちです。(※浦和レッズから移籍した選手を含む)
GK:西川周作
DF:槙野智章、森脇良太
MF:高萩洋次郎、柏木陽介
FW:石原直樹、李忠成
2017年2回目のACL制覇
迎えた2017年に浦和レッズはACL決勝でアルヒラルをスコア合計2-1で下し、悲願の2度目のACL制覇によりアジアチャンピオンとなり、クラブワールドカップへの出場権を獲得しました。
JリーグではACLに標準を定めていたせいか、優勝争いからは早々に離脱してしまいましたが、Jリーグのクラブがアジアチャンピオンになったことは前年のクラブワールドカップでの鹿島アントラーズの準優勝がフロックではないことを証明した形になりました。
ACL制覇時の主な日本代表メンバー
GK:西川周作
DF:槙野智章、遠藤航
MF:長澤和輝
FW:興梠慎三
浦和レッズから海外クラブへ移籍した主な選手たち
小野伸二(浦和レッズ⇒フェイエノールト)
長谷部誠(浦和レッズ⇒ヴォルフスブルク)
細貝萌(浦和レッズ⇒レヴァークーゼン)
原口元気(浦和レッズ⇒ヘルタ・ベルリン)